日記
2021-11-7
時間毎に元気があったりなかったりしている。風の強い日の雲のようにどんどんと感情が流れていく。
家族は再度検診に行ったその日のうちに、緊急入院になった。日取りや予定を話し合う前に本当に急に入院することになったので、とてもバタつき、荷物をまとめて病院まで向かった。
他の家族に今日あなたがいてくれて良かったと言われた。わたしもその日が丁度お休みで良かったと思った。やる事も何もかも多かったから。
コロナウイルスの関係で面会はできない。院内で電話はできないけれどLINEはできるのでグループLINEで会話をして楽しんでいる。
今日は着替えを渡しに行った。病院は車で1時間ほど走った所にあって、移転したばかりで新しくて大きい。
わたしが今通っている地域と真逆の場所にあるから、数日に一度は休みを取って行くことになりそうだ。
一つ自分自身の生活のことで気にしているのはモチベーションのこと。入院のことや自分の体調を理由に、課されている事をやらなくなるのがとてもとても怖い。
自分の都合の良いように精神状態が悪化したり、クリニックにかかるようにしたくない。
わたしにも事情があることとやるべきことを果たしていくことは別の問題だ。
留まっているとジワジワと自分のことが嫌いになって来る。動いていれば、手を動かしていれば自分のおこないを肯定できる。
それらの思いが自壊しない形で身を結んでくれると良い。
ずっと人生を降りたいと思っていた。いつか誰かが「あなたはもう充分にやった。何もしなくてももう大丈夫。今までよくがんばった」と拍手を以って降壇させてくれると思っていた。
それが許されず、叱責されることに何年も深く憤り、何人たりとも・ありとあらゆる事象の自由を許さず、管理したいと強く願って来た。
でも今は少し違う。「降りたい」と思う時はある。自分を取り巻く全てのことが自分の思うようにはいかないという事実に大きく落胆した。
でもそれを許せる器量が自分にも生まれた。降りたいけど悲しいけど、それと同時にわたしは生きれるなぁというバランス感覚だ。
不明瞭であることが嫌だった。でも、不明瞭であることに今は救われている。でも、不明瞭は怖い。そのアンビバレントさはあっていい。
そういう複雑な感情を抱けることを自分で選んで許した。
紅葉している木々の色が眩しい。落ち葉の匂いは好きだ。
前向きな思いが湧いてくると、いつものようにあれを描いてみようかなとかあのアイデアを発展させてみようかなとか、そういう気持ちも生まれる。今は生まれるだけだけど、いつか描けたら良い。
活字は目が滑ってしまって頭に入らないから、じゃあやってみたかったゲームをしてみようかとか。
以前家族が入院したときは絵を描くことすらできなかった。そもそも何か娯楽に触れようという意欲自体がなくなっていた。家事も全て分担しているから1日のうちに自分の時間はなくって、覚えているのはBSで放送していたタイタニックを2日に分けて観たこと。
こうなる前の自分が頑張って舞台挨拶中継つきチケットを取ってくれたから、蒼穹のファフナーTHE BEYOND 十・十一・十二話を観に行けた。
服薬してから上映に臨んだのでどうしてもぼんやりとしてしまったけど、思うところがあった。それを全部書こうとすると疲れてしまうので、いつかまとめておきたい。
ただ…舞台挨拶で石井真さんが操について話した内容がずしんと腹の底に沈んでいて、何というかどうにかしたいという気持ちになった。
年月をかけて作品のテーマが移行していくさまを見届けられるというのはそうそうないことだと思う。ファフナーは一つの生き物のような作品だ。
本当はもう一度観に行けたら良いのだけど、それはまだ分からない。
ファフナーの影響で、スパロボUXをきちんとプレイしたくなった。
わたしにしては珍しく参戦作品の8割程度は知っているしどれもこれも好きな作品ばかりだ。原作版ラインバレルが出るなら原作版の美海ちゃんも出るはずだし、シンのおこないが報われて衛や翔子がいなくならずに済むのならやらないわけにはいかない。
何かを少しでも楽しむ余裕が生まれてくるのなら。
前回書いた文章を読んだが、自分の思っていることが3分の1も表現できていない。そもそも言葉のチョイスがなんだか違う。
明るい気持ちでいたい。苦しくても良いから自然に身を任せて動きたい。
途中、大嫌いでも苦しんでもいいから最後は明るさに転じて終わりたい。
そんなに思い詰める必要はない。やれることもやれるための工夫もまだまだあるはずだ。
自然と明るくありたい。
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